渇きと断章

「ふたしかな私」をとらえて詩のような文にしたい

断章「たぶん、迷いながら生きていくのが正しい……」

イデアについての記憶をおぼろげながら取り戻すことを想起すると言うが、私は思い出すと同時に何者かから「教えられている」と感じる。そして教えてもらったことを文章などのかたちに具現化して、感謝とともに供物として捧げる。


いじめでおそろしいのは、初めはそうでなかったいじめられっ子がだんだんと表情や雰囲気、そして内面や考え方までもが「よりいじめられっ子らしい」もののように変わっていくことだ。


誰かの文章を書く力に嫉妬すると、その文章まで見るのがいやになってしまうことがある。でも、本当はその文章を(複雑にも)愛しているのだ、愛しているゆえに嫉妬しているのだとみとめたい。


執着から愛と憎しみが生まれるという。そうなると私(とその生)に対してもっとも執着を抱いているのは自分自身なのだから、もっとも憎しみを抱いているのも私ということになる。他人は私にこれほど執着しないし、できない。


たぶん、迷いながら生きていくのが正しい。自分に疑いを持たなくなってしまったら、そこから堕ちていく。