渇きと断章

「ふたしかな私」をとらえて詩のような文にしたい

発達障害者の表現手段

発達障害でない人たちは話し言葉や表情、身振り手振りでのコミュニケーション手段をおそらく自然に獲得する。だが発達障害者にとってそれは難しいため、最も自分を表現するのに適した手段は何かを模索する。言うなれば自分の手足を再獲得するのだ。例えば書くことであったり弾くことであったり……。

それらの内のいずれかの行動が自分自身の手足(表現手段)となり得ると感じたなら、その行動を起こすのに最適な道具を探してほしい。意外なものに自らの適性を発見するかもしれない。私は(現時点で)文を書くことに己の表現手段を見出したが、紙に文字を書くのではなく携帯で画面に文字を打つのが一番合っていると分かった。

ここで表現手段の重要性を取り上げたのは、私たちは――発達障害者にかぎらず――何も言わなければ「意見がない」「異論はない」と見做されてしまうからだ。そして何か言いたいことが浮かんだとき、この自分に合った道具があるかないかは不思議なほどモチベーションを左右する。